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東京地方裁判所 平成4年(ワ)22617号 判決 1994年10月25日

原告 出原昌志

被告 株式会社トーコロ

主文

一  被告が、原告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は、原告に対し、金一六八万円及び平成四年一二月二七日から毎月二八日限り各金二一万円を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  主文一項同旨

二  被告は、原告に対し、金二六八万円及び平成四年一二月二七日から毎月二八限り各金二一万円を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実等(以下、特に証拠を掲記しない限りは、争いがない。)

1  被告は、学校に納める卒業記念アルバム等の製造等を業とする株式会社であり、昭和三一年九月に設立され、東京都足立区梅島所在の本社に正社員約七〇名、久喜工場に二〇数名、埼玉事業部に四名程度の従業員を擁している。

2  原告は、昭和三〇年生まれであり、公共職業安定所の紹介を経て平成三年七月一一日に被告と期間の定めのない雇用契約を締結した。

原告は、被告本社の制作課写植・写真焼の部署に配属され、平成三年八月末頃から、電算写植機のオペレーターとして、住所録作成(組版)の業務に従事していた。(証人大森順一、原告本人)

3  被告会社の始業時間は午前八時三〇分、終業時間は午後五時三〇分であり、勤務時間は、休憩時間である午前一〇時から同一〇時一〇分まで、午後零時から同零時四〇分まで、午後三時から同三時一〇分までを除く八時間とされている(就業規則一八条)。

そして、平成三年四月六日に所轄の足立労働基準監督署に届け出られた「時間外労働・休日労働に関する協定届」(以下、本件三六協定という。)によれば、「時間外労働をさせる必要のある具体的事由」は「一時に大量の受注があり、期日に納入する必要がある場合」、「業務の種類」は「営業・事務・公務・版下・製版」、「延長することができる時間」は「一日につき四月から一〇月までの間、男性三時間、女性一時間、一一月から三月までの間、男性六時間、女性二時間、一週につき(時期を問わず)女性について六時間、一か月につき(時期を問わず)男性五〇時間、女性二四時間、年間につき男性四五〇時間、女性一五〇時間」とされている。(甲四)

4  原告は、被告から毎月、基本給二〇万円と住宅手当一万円、合計二一万円の賃金の支払を受けており、右支払方法は、毎月前月二一日から当月二〇までのものを二八日に支払うものとされていた。

5  原告は、平成四年二月二〇日、被告により、諭旨退職・懲戒解雇事由を定める就業規則四二条三号(「職務上の指示命令に不当に反抗し、職場の規律を乱したとき」)、九号(「四一条で定める処分を再三にわたって受け、なお改善の見込みがないとき」)、訓戒・減給・格下げ・出勤停止事由を定める同規則四一条三号(「その他就業規則に定められた諸規定ならびに会社の指示命令に理由もなく違反して、社内の秩序を乱したとき」)、同規則四二条一〇号(「その他前各号に準ずる行為と会社が認めたとき」)に該当するとして解雇(以下、本件解雇という。)の意思表示を受けた。

二  請求の要旨

原告は、本件解雇は無効であると主張し、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と、平成四年四月分から本訴提起の前月である同年一一月分までの賃金合計一六八万円の支払、本訴状送達の日の翌日である平成四年一二月二七日から毎月二八日限り各金二一万円の賃金の支払、及び本件解雇は不法行為又は債務不履行に当たるとして慰謝料金一〇〇万円の支払をそれぞれ求めた。

三  争点

本件解雇は有効かどうか、本件解雇が不法行為・債務不履行を構成するかどうか、構成するとした場合の慰謝料額が、本件の主たる争点であるが、被告は、本件解雇事由について後記1のとおり、また原告は、本件解雇の無効(違法)事由について後記2のとおり、それぞれ主張する。

1  被告主張の本件解雇事由

(一) 残業の全面的中止の主張、残業の拒否をもって反抗

原告は、平成三年一一月八日の中途採用者研修会において、被告会社の小林恵美総務兼経理部長(以下、小林総務部長という。)が総務の仕事の内容について説明していたところ、「残業をしないで普通に業務の行えるように人数を増してもらいたい」旨発言した。同部長が「シーズン(繁忙期)だけであるから無理です。」と答えたところ、原告は、「経営努力が足りない。」といい、同部長は、「中途採用など採用に努力している。」と答えたが、原告は、「経営者が利益を追求するため、従業員に残業をさせている。」といい、同部長は、「従業員全員は納得し協力している」旨応答するなどし、一時間を予定していた説明会は、原告の残業を即刻全面的に中止せよとの強硬な主張の繰り返しにより妨害され、混乱した。また、同部長は、被告会社の経理の実情及び予算についても説明したが、原告は、「そんなことは関係ない。会社が残業をさせるのが悪い。」との一点張りで、直ちに一方的に残業をさせないようにとか、直ちに人員増をするようにと実現できない無理な意見を繰り返した。同部長は、全部の残業を中止するのは無理なことだと説得したが、原告は、残業を命ずるのであれば、「残業について各個人に、毎日今日は残業できますかと聞いてさせるべきで、労働者が断れば残業はしなくてよいのに、この職場では何も聞かないで残業させている」旨の意見の一点張りではなはだ闘争的な態度であった。

同年一一月九日の激励会においても、小林総務部長は、繁忙期の注意事項の説明の中で、有給休暇は、突然に休まれると仕事の段取りに支障があるので事前に届け出るようにと話し、病気の場合に限り、事前に申出なくてもよいと説明したところ、原告は、「有給休暇」を制限するものだ、休暇は労働者の権利だなどと敢えて曲解して闘争的態度で抗議した。

原告のこれらの行為には、被告と協調し、話し合うという態度は全然みられず、被告における労働組合である「トーコロ友の会」(以下、友の会という。)とも話し会おうともせず、全く独自の行動であった。

繁忙期を控え、同年一一月初め頃、原告の直属の上司である大森順一主任(以下、大森主任という。)が原告に対し、残業の申入れをしたが、原告は、午後七時までしか残業はできないと断った。

平成三年一一月一二日の面接指導において、小林総務部長は原告に対し、七時までしか残業しないといっている理由を聞いたところ、「プライパシーの問題だから答えない。」の一点張りで、その理由について何らの説明もなかった。

また、小林総務部長は同日、原告に対し、「大森主任の指示に従って残業をして下さい。」と注意したが、原告は、「どんなに遅くとも七時三〇分までならできる日もあるが、それ以後の残業は絶対無理だ。」といって残業を拒否し、「残業は、今日できるかどうか毎日聞くべきものだ。本人が断れば残業はないものだ。」と反発した。

同年一一月一九日、被告会社の長谷川徹営業部長(以下、長谷川営業部長という。)が原告に対し、職場の回りの従業員をみて働くようにと、残業に協力するよう求めたが、応じようとせず反抗した。

同年一二月初め頃、大森主任は、原告に対し、「原告だけ残業をしないで早く帰るのでは、職場の回りの者に悪いのではないか。」と説得したが、原告は、身体が弱いと答えた。

平成四年一月二〇日、大森主任は、労基法を守って、原告に対し、部署の文字校正の仕事を三六協定の範囲内で手伝うよう申入れたが、「眼が疲れる。」といって、この残業を拒否した。

同月三〇日、大森主任は、原告に対し、原告の決めている残業時間を延長して仕事をするよう命令したが、「無理です。」と答え、これを断った。

同月三一日、長谷川営業部長、写植の部署の笛木晴夫主任(以下、笛木主任という。)及び大森主任らは、原告に対し、「二月三日から二月八日まで一週間、午後九時まで残業をする」よう申入れたところ、原告はこれは業務命令かと問い返したので、同部長は、業務命令だと注意をした。

同年二月三日、原告は欠勤し、翌四日に症状を「眼精疲労」と記載した診断書を提出し、繁忙期であるのに全然残業をしないで帰っていく状態であった。そこで、小林総務部長は、右診断書を作成した平野敏夫医師(以下、平野医師という。)に原告の症状を聞いたところ、「一週間で治る」との回答であったが、原告は午後五時三〇分の終業時刻になると独りで職場を離れ、午後七時までの残業さえも全くしようとしなかった。

被告は、原告はもともと被告の残業を行うつもりは全然なかったものであり、独自に残業拒否の理由のない争議行為性の強い行動をしているものと認め、その他諸般の事情を勘案の上、原告を解雇するに至ったものである。

職場では、原告の残業拒否問題で、職場集会が開かれ、原告を説得したり、部長・主任らの面接指導も行われたが、原告は、残業を拒否し続け、独りで先に帰るので、担当の主任は心労のため、他部署へ配置転換を申し出たり、職場では原告に対する残業拒否をめぐる不満と非難が渦巻き、職場の能率は低下した。職場の秩序と規律の維持のため、被告は残業命令をもって、原告の頑固な残業拒否の理由のない反抗的態度を改めさせるべく努力したが、原告は立場を繕うべく「不定愁訴」を主体とし、多角的症状としては、僅かに調整機能の異常である眼精疲労の症状をもって病気と誤認し、これを口実に頑なに一切の残業を拒否する態度であった。これは、被告の正常な業務の運営を妨害する意思の下に行われたものと推測される。

(二) 誹謗・中傷をもって業務妨害、職場環境の悪化

原告は、平成四年一月初め頃、被告及び「友の会」を誹謗し、中傷する「はじめまして!」と題する手紙(以下、本件手紙という。)を被告の全従業員に配付した。そして、その頃、女性従業員に電話をしたり、会社からの帰途待ち伏せしたりして話しかけようとしたが断られ、「友の会」にこれらの苦情が寄せられた。

原告の右行為は、被告の職場で重大な労基法違反の時間外労働その他の同法違反の労働が行われている如く、誇大に中傷及び誹謗を行い、これを口実にして職場の秩序を乱し、良好な労使関係、職場環境を破壊しようとしたものと認められる。従業員は、終業時間や施設の内外を問わず、企業秩序遵守義務を負うのであるから、事実に基づかない誹謗や中傷を内容とする活動的行為の許されないことは明白である。

小林総務部長は、同年一月一二日、原告を会議室に呼んで、右手紙は原告の作成したものかどうか確かめたところ、なぜ部長がこの手紙を持っているのか」といって激昂し、被告に渡すなと書いてあるはずだといい出す始末であった。小林総務部長は、原告に対し、「会社も時短に取り組んでいるのだから一緒に考えたい。」と伝えたが、原告はそのまま怒って出ていった。

原告は、夕方職場に戻り、無断の職場集会を開いたが、職場の人達から、原告の行動は間違っていると指摘され、反対された。

原告は、右手紙の頒布をもって、被告に対する従業員の不信感を醸成させ、企業秩序を乱し、撹乱しようとしたものであることは明白である。

平成四年一月二三日、原告は小林総務部長に対し、「申入れ」と題する書面を提出し、右手紙の配付は私信であり、一切会社とは関係ない。会社外で個人的にやったことでなぜ総務部長が問題にするのか。」と怒り、謝罪を要求した。原告は、右申入書を受け取るよう要求し、右部長がこれを断ると、原告は右書面を机の上に置いて出ていった。

原告のこれらの態度は闘争的かつ反抗的で、話し合う態度ではなく、一方的なものであった。

(三) 人事考課の拒否

被告は、数年前から全従業員に日常の心構えについて、社内で公募して集計し、全員の意思に基づいて作成された実践目標の十項目を選び、これに各自反省の意味で自己採点し、上司の採点と合わせて賞与の査定の一部としているが、原告は、右人事考課を拒否しただけでなく、人事考課表に、「一一月一九日の『面談』において、長谷川部長から『人は入れない。労基法違反のことなどいわずに、仕事優先に考えて、同僚をみて働くようにという話がありました。労基法違反を前提の考え方のもとに『人事考課』の基準がもうけられるならば、………労基法順守をお願いします。」と記載し、事実を曲げて、被告の労基法違反を主張、これを口実に人事考課を拒否する反抗的態度であった。

(四) 協調性の欠如

被告の職場では、社内的工程により、繁閑のずれが生じるので、前工程の自部署の仕事が早く終了したグループから他グループへの応援態勢をとるのが職場慣行となっており、少なくとも文字グループ内では主任からの要請があれば、校正などその時点で必要な仕事をしなければならないのに、原告は協力せず、協力しようという態度もなかった。

原告は、制作課写植、組版室(文字グループ)に配属され、住所録の作成(組版)に従事していたのであるから、原告の電算写植の操作能力の良否が時短に繋がる。また原告担当の電算写植入力の仕事だけに限定してみれば、二月中旬頃には全ての仕事は終了し、翌年原稿の入るまで入力の仕事は全くなくなり休業状態となるので部署全体で一つの仕事と考え、更に遅れている他部署の応援をすべきであるのに、これに固執し、協力、協調せず、争議的行為として職務執行を停止していた。

(五) 勤務能力の不足

被告会社では、平成三年八月頃から大森主任が原告に対し、文字校正の仕事を指導したが、仕事を覚えようとする態度は全くなく、キーを押して手順を覚える程度であった。被告は、手動写植から電算写植に切り換え合理化と能率の増進を図っていたが、原告は、最初から技術を習得しようとする態度は全くみられず、原告は、組版業務の中で、平成三年九月一一日から同年一一月三〇日の五二日間の写植の仕事だけに限定してみても、消化ページ数は、一二八〇ページ、一日に平均すると二四・六ページであり、組版専任としたならば、とても一人前といえる状態ではなく、通常一人前の一日の消化ページ数は、五〇ページから六〇ページであるから、半分以下の能力しか発揮しなかった。

原告は、平成四年二月四日に症状「眼精疲労」の診断書を提出したが、平成三年八、九月より眼精疲労の症状があったというのである。しかし、その頃は、写植の技術指導を受けていたので残業はなく、残業とは全く関係のないことであるから、「残業をしなければ治る」との右診断書の内容と矛盾し、原告は残業を拒否するための方便として右主張をしているとしかみられない。

(六) 本件解雇

被告は、平成四年二月一二日に役員会を開いたが、原告の担当部長は、原告を指導することはできないということであり、他の部署でも原告を受け入れる部署はなく、解雇もやむを得ないということになった。原告は、職務の適性のうち、特に必要とされる協調性の欠如及び勤務能力の不足の状態であり、被告に勤務することは無理であるから、被告は、普通解雇として原告を解雇することとし、解雇予告手当を支給した。

したがって、原告の行為は、被告の就業規則四二条三号、九号(四一条三号)、一〇号に該当し、本件解雇は、懲戒事由のある普通解雇である。

2  原告主張の本件解雇の無効(違法)事由

(一) 残業の全面的中止の主張、残業の拒否をもって反抗について

被告会社の小林総務部長は、平成三年一一月八日の中途採用者研修及び翌九日のシーズン激励集会において、「有給休暇の取得は、病気に限って認める。」と発言した。原告は、労基法に定める最低限の権利を踏みにじるような発言は看過できないと思い、「有給休暇は権利です。理由による制限は労基法違反になります。業務上のことをいうのならば、真剣に人員増をして下さい。私は合意できません。」と意見をいった。残業については意見を述べていない。使用者が労働者としての基本的権利を否定しようとするのであるから、これに対して労働者が間違いを指摘する行為が使用者にとっていかに「反抗的」と思われようと、解雇を正当化することができないことは明白である。

平成三年一一月一二日の休憩時間に原告が三六協定を取りにいくと、小林総務部長は、「コピーはだめです。書き写して下さい。」といって譲らなかったため、原告はやむなく三六協定を書き写し、初めて本件三六協定の内容を知った。その際、同部長は、「労基法違反のことは出原さんのいうとおりですが、だんだんと良くなってきたんです。業界の特殊性があるので労基署も黙認してくれています。一シーズンまわりの人をみて過ごして下さい。そうすれば様子が分かりますから。」といっていた。

同年一一月一九日に、原告は、長谷川営業部長に五階の会議室に呼び出され、「うちの仕事は業界の特殊性があって、シーズンがある。納期は絶対で、お客あっての仕事なので、納期はどんなことをしてでも、徹夜してでも守らなければならない。昔は、二時、三時までやっていた。もっとひどいところはいっぱいあるのだから、労基法違反のことなどいわず、まわりを見て、自分から残業をしなさい。」と約二時間にわたって、残業をするよう説得を受けた。原告が眼精疲労を訴えても同部長は、「働きざかりだからできるはずだ。」といってVDT労働に従事する原告の健康に何ら配慮を示さなかった。

同年一一月半ば頃には、経理の部署以外の全社で、女性を含め九時頃までの残業が常態化し、写植では午前〇時までやる人も出ていた。住所録の組版は大方原告一人でこなすようになり、写植・組版室とも、ノルマの遅れはなかった。

平成四年一月二〇日、小林総務部長は、「これから二、三週間、一時間でも残業を延ばしてもらえないか。三六協定の上限の五〇時間までは大丈夫でしょう」と残業を要請してきたが、原告が「眼が痛くて無理です。」と述べると、「それでは無理ですね、分かりました。」と残業を強要しない旨を告げた。

ところが、同年一月三一日になって、長谷川営業部長は、業務の内容も特定せずに、「来週一週間、九時まで残業をやりなさい。業務命令だ。」と原告に告げた。この残業の指示は、業務の必要性とは全然関係ないものであり、当時既に原告の担当する組版の仕事のヤマは越えていたし、隣の部署の写植には、翌週からアルバイト二名が入ることになっていて、原告が手伝うべき仕事はなかった。被告の唯一の残業命令は、右長谷川営業部長の命令であるが、同命令は、原告の健康状態を無視し、特段の業務の必要性もないのに、業務の特定すらなさずになされた不当、違法なものであり、原告の解雇を正当化できないことは明らかである。

原告は、極度の眼精疲労も押して、平成三年一〇月以降、連日一時間半から二時間の残業を行っており、全身の倦怠感も強かったため、平成四年二月三日に病院に行ったところ、長時間労働を避けて通院加療をするよう医師から指示されたので、その旨の診断書を、同月四日、被告に提出し、残業を行わずに定時に終業して通院した。

被告の原告に対する残業拒否を理由とする解雇は、到底効力を持ちえないものである。なぜなら、第一に、被告が締結したと主張する三六協定は、親睦団体である友の会会長と便宜的に締結したことにしてその旨の届出をしていたものであるが、友の会会長は、三六協定締結に当たって労働者の代表として選出された者でなく、有効な協定ではない。したがって、一日八時間を超えて残業を命ずること自体違法である。

第二に、原告は、長時間のVDT労働のため眼精疲労に陥っており、医師から残業は避けるようにとの指示を受け、その旨の診断書の提出まで行っている。連日長時間連続したVDT作業に従事した原告が、眼精疲労との診断書を提出して残業ができない旨申し出ているのに(就業時間の短縮ではない。)、原告本人から病状を確認することもせずに、残業を命ずることは到底許されないし、残業に応じなかったからといって解雇することができないことは明らかである。

第三に、原告に残業をしなければならない業務上の必要性は全くない。原告がノルマに遅れをきたしたことはなく、人事考課においても、納期にはいつも仕上げているとの評価をされ、仕事量・稼ぎについても同様に良い評価を得ていた。

(二) 誹謗・中傷をもって業務妨害、職場環境の悪化について

原告は、被告の違法な長時間労働に不満を持ち、改善してほしいと思っている従業員が相当多数いるはずだと思い、平成三年一二月二〇日頃、業務時間外に自宅において、同じく被告従業員である訴外松本公平(以下、松本という。)との連名で職制等を除く大半の社員宛に手紙を出したところ、平成四年一月一一日、小林総務部長から呼び出され、「就業規則三五条三号で処分する。」と脅かされた。

同月二〇日にも、同部長から「処分理由を広げて処分を考えている。」と恫喝された。

本件手紙が、被告会社の労務政策を批判する内容を含んでいることは事実であるが、労務政策の批判は自由に行うことができるのはもちろん、その配付の方法も企業外において私信として発送されたものであるから、これをもって原告を非難することはできない。

(三) 人事考課の拒否について

平成三年一一月末、人事考課の用紙が何の説明もなく、原告の机の上に置かれていたため、原告は、その用紙の記載内容を読み、欄外に「労基法違反の労働を前提の人事考課は、労働者の不利益につながるので、違反を是正してほしい」旨を記入し、自己記入の評価に関する部分を空欄のまま提出したところ、同年一二月一三日支給の一時金に三万円のマイナス査定をされた。マイナス査定の理由を長谷川営業部長に聞いたところ、「人事考課を記入しなかったので協調性がない。労基法違反は労基署も黙認している。」と述べた。

人事考課表に自己評点を記入しないことによる不利益は、原告が甘受するところであり、現に原告は平成三年冬季一時金を減額されており、このような制裁がなされた以上、重ねて解雇の理由として援用することはできない。

また、被告の人事考課が無原則に労基法を無視した勤務態度と忠誠を従業員に要求しているとすれば、原告の批判は極めて正当といわねばならない。正当な批判は、批判行為が被告会社にとっていかに反抗がましく映ろうとそれを解雇の理由として援用することは許されない。

(四) 協調性の欠如について

原告の職務は、電子編集機を使用した組版作業であって、それ以外のものではない。原告が解雇される前は、「文字グループ」という部署名はなかった。

自己の担当業務につき長時間の残業を行う必要がないのに、被告社内に深夜まで残業せざるを得ない者が多数いるからといってその者の労働意欲を減退させないためにわざわざ不必要に長く会社に居残る義務など全くない。原告の隣の写植の部署には、写植と校正の業務があるが、写植は特殊技能を要する仕事であって、原告には手伝えないし、校正にも専門の担当社員とパートがいたので、原告が手伝う仕事もなかった。原告が残業をしなければならない理由はない。また、平成四年一月二〇日以降、原告は、大森主任から文字校正の業務に従事するよう要請されたことはなかった。

(五) 勤務能力の不足について

この主張は、本訴に至って唐突になされたものであって、もともと被告が解雇当時念頭に置いていた解雇理由でなく、そのことからも根拠薄弱である。

原告は、平成三年八月に入って電算写植の操作を始めたが、仕事の覚えが早いと褒められ、八月末から正式に組版室に配属された。ページ数については、原告の担当する作業の一部のみのページ数を取上げたものであって真実を伝えていない。

人事考課表の被告会社の管理職の評価欄を見ても、原告の能力が劣るとの記載はなく、ノルマ表もシーズン終了まで順調に進行しており、大森主任が原告に対し、その能力を非難したり、注意したこともない。

(六) 本件解雇について

懲戒解雇は、普通解雇と異なり、労働者に対する制裁の要素があることから、普通解雇よりも厳しい要件が必要であるが、被告の主張する解雇事由は普通解雇事由にも該当せず、懲戒解雇事由が存在するはずがない。

被告の行った本件解雇は、自ら労基法違反で労働基準監督署から是正指導されていながら、被告会社内部での原告の労基法違反是正のための行動を不当にも敵視し、原告を排除しようとした報復処分であり、法律をことごとく無視した極めて反規範的かつ悪質な解雇である。

原告は、本件解雇によって、生活の糧を絶たれ、従前老齢の両親に行っていた仕送りもできなくなり、肉親からの借金まで余儀なくされた。また、習得した技術も失った。将来の生活設計や希望も奪われ、更に本件解雇を知った老齢の両親の心労を思うとき、原告の精神的苦痛は計り知れないほど大きい。

第三争点に対する判断

一  基礎となる事実

前記争いのない事実等と、証拠(甲二ないし五、七ないし一四、二一の一ないし八、同二二ないし二四、二七ないし三四、乙一の一、二、同二、三の一ないし八、同四の一ないし一三、同五、一一、一二の一、二、同一三ないし一五、二〇、二四の一ないし三、同二五、三〇ないし四四、四九ないし五二、五五、証人長谷川徹、同大森順一、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、公共職業安定所の照会により、平成三年七月八日頃に被告会社の松田生産部長(以下、松田部長という。)、同月一〇日頃に小林総務部長の各面接を受け、平成三年七月一一日に採用となり、同月一五日から出社した。面接の際、原告は、小林総務部長から、「被告会社の業務は学校の卒業アルバムの制作であり、納期は絶対に守らなければいけない。」などと説明を受けた。

入社当初、原告は、写植写真焼の部署において、笛木主任の下で写真焼の業務に従事していたが、同年八月下旬頃、大森主任の下で電算写植機のオペレーターとして、住所録の作成(組版)業務に従事することになった。

また、原告は、入社と同時に被告会社の役員、従業員ら全員で構成される「トーコロ友の会」に入会した。当時の同会会長は、高階藤夫であった。

組版業務に従事していたのは、大森主任以下、菊地、原告、石崎(校正担当)であったが、菊地は、同年一〇月末で退職した。電算写植機は、作業効率の向上を図るため、前年の平成二年秋頃、二台が導入されたものであった。

組版業務は、A外注受渡し、原稿整理、B外注戻り処理、コンバート、C文字流し、組版、ゲラ前校正出力、Dゲラ前校正、打ち出し赤入れ、Eゲラ前校正直し、ゲラ出し、Fゲラ戻り直し、最終校正出力、Gゲラ戻り校正、H最終校正直し、版下出力、I割り付け作成、J文字入力、Kセイセイ社戻り処理、L写植手伝い、Mワークステーションデータ整理、N確認探し、に分業化されており、原告が担当したのは、そのうちCEFHMの各業務であった。

2  被告会社の主たる業務は、学校から受注する卒業記念アルバムの制作であり、毎年一一月から卒業時期である翌年三月までが繁忙時期であり、被告会社では、この時期をシーズンと称している。

原告は、電算写植機の操作に興味を覚えたが、平成三年九月までほとんど残業をすることなく、定時に終業し、帰宅していた。

しかし、同年九月末頃、組版業務の部署で、午後七時まで残業をする申し合せがなされ、原告も、同年一〇月初旬頃から、毎日三〇分ないし一時間四五分程度残業するようになった。

3  同年一一月七、八日の両日、中途採用社員の研修が行われたが、その際、小林総務部長が「有給休暇は、シーズン中は病気に限って認める」趣旨の発言をしたことに対し、原告は、「理由による有給休暇の制限は労基法違反になる。」と指摘した。

4  同年一一月九日、シーズンに入るに当り、従業員らの就業意欲を鼓舞するための激励会が催されたが、その際、小林総務部長から右同様の発言がなされたのに対し、原告は、「有給休暇は労働者の権利である。理由による有給の制限は労基法違反になる。」などと指摘した。

右激励会の際、平成三年度の目標として、前年比「仕事量四パーセント以上」との目標が示された。

5  同年一一月以降も、原告は、毎日三〇分ないし一時間四五分程度の残業をし、午後七時ないし七時半頃に終業し、帰宅することが多かった。

同年一一月頃、原告は、大森主任から「一日三五ページ位任せたい。」といわれたが、原告は、「ページ数で決められても困る。できるところまでしかできない。」と答えた。

同年一一月一一日、小林総務部長から原告に対し、「会社役員と友の会役員とで話し合いを持ちたい。」と申し入れがなされたが、原告は、「労働者全体の権利の問題だから、個人との話し合いで結論を出す問題ではない。」と答え、これを断った。その際、原告は、三六協定の謄写を申し入れ、翌一二日頃、右謄写をしようとしたところ、小林総務部長により機械コピーを断られたため、手書きで書き写し、本件三六協定の内容を知った。その際、同部長は、「労基法違反のことは原告のいうとおりだが、だんだんよくなってきた。業界の特殊性があるので労基署も黙認してくれている。一シーズンまわりの人をみて過ごして下さい。そうすれば様子が分かるから。」などと述べた。

同年一一月一九日頃、長谷川営業部長は、原告を呼び出し、「うちの仕事は業界の特殊性があって、シーズンがある。納期は絶対で、お客あっての仕事なので、納期はどんなことがあっても、徹夜してでも守らなければならない。昔は、二時、三時までやっていた。もっとひどいところはいっぱいあるのだから、労基法違反のことなどいわず、まわりを見て自分から残業をしなさい。」と説得した。このとき、原告は長谷川営業部長に眼精疲労を訴え、長時間の残業は無理である旨述べた。

同年一一月中旬頃、経理の部署以外の全社で、女性を含め、九時頃まで残業が行われ、写植・組版では、午前〇時頃まで残業する者もいた。

6  同年一一月末頃、人事考課表が渡されたが、原告は、自己評価欄に記入せず、欄外に「一一月一九日の面談において、長谷川部長から、『人は入れない。労基法違反のことなどいわずに仕事優先に考えて同僚をみて働くように』という話がありました。労基法違反を前提の考えのもとで、人事考課の評価基準がもうけられるならば、『工夫・改善』の項目など、労働者の権利を主張したり、有休をとることなどが、その労働者の不利益につながります。その事をよしとしないので『自己評価』をこの文にかえさせて頂きます。労基法順守をお願い致します。」と記載して提出した。これにより、原告について役員会の協議の結果、総合評価点八六点で、最低のEランクの査定がなされ、年末賞与では、三万円を減額された。

同年一二月一三日、原告は、長谷川営業部長から、人事考課の自己評価欄に記入せず、協調性がないので年末賞与についてマイナス三万円の査定をした旨告げられた。

7  同年一二月二〇日頃、原告は、主任以上の職制を除く被告会社の全従業員に対し、松本と連名で、「はじめまして!」と題する手紙(甲九、本件手紙)を送付し、被告会社では、はなはだしい女性賃金差別、労基法の制限を超える不法な残業、有給休暇等労基法で認められた労働者の権利無視が行われているなどと訴えた。

一二月に入ってからは、写植部門などでは、男女とも、連日四、五時間の残業が行われていた。

8  翌平成四年一月一一日、原告は、小林総務部長から、「本件手紙の送付は、社内の規律を定める就業規則三五条三号(『許可なく集会、演説、印刷物の配付をしないこと』)に該当するので処分を考えている。」と告げられ、同月二〇日には、同部長から、「処分理由を広げて処分を考えている。」と告げられた。これに対し、原告は、「自宅で勤務時間外に出した私信であるのに処分するのはおかしい。」と答えた。右二〇日の面談の際、原告は、同総務部長から、「これから二、三週間、一時間でも残業を延ばしてもらえないか。三六協定の上限の五〇時間までは大丈夫でしょう。」と要請されたが、「眼が痛くて無理です。」といって断った。

小林総務部長との右各面談後、原告は、写植写真焼の部署の従業員らを集め、職場集会を開いた。その際、原告は、本件手紙を発信したことで処分されようとしていること、会社役員から何度も呼出しがあったこと、平成三年の年末賞与でマイナス三万円の査定をされたこと等を訴えた。従業員らからは、手紙を出さずに朝礼で発言するなり、食堂に張り出すなりしたらよかったのではないか等の意見が出された。また原告は、「自分の仕事が終わってしまえば他の従業員らが残業していても、残業してまで手伝いたくない。」などと発言した。

同年一月二三日、原告は、小林総務部長に対し、懲戒処分を仄めかしたことに対する撤回と謝罪を求める申入書(甲一〇)を交付した。

9  平成四年一月以降、原告は、三〇分ないし二時間一五分の残業をし、従前同様、午後七時ないし七時半頃終業し、帰宅することが多かった。

平成四年一月末頃、原告の担当である組版の業務は、ほぼ順調にノルマを達成しかかっていたが、写植(校正)の部署で約一〇〇〇ページ(四日分)のノルマの遅れが発生していた。被告会社では、同年二月からアルバイトを二名雇用し、また原告ら他の仕事の担当者にも残業を命ずることにより、これを乗り切ろうとした。

大森主任は、同年一月二〇日と同月三〇日頃、原告に対し、「組版の仕事を減らして、他の校正などの手伝いでもかまわないからもう少し残業してもらえないか。」と頼んだが、原告の同意は得られなかった。

同月三一日、長谷川営業部長は、大森、笛木両主任立会いの下、原告に対し、「来週一週間、午後九時まで残業をやりなさい。業務命令だ。」と告げて残業命令(以下、本件残業命令という。)を発した。

10  同年一月三日(月曜日)、原告は、眼精疲労で、「ひらの亀戸ひまわり診療所」(平野敏夫医師)を受診して被告会社を欠勤し、翌四日、同医師に作成してもらった診断書(甲一一)を提出した。

そして、原告は、同日以降、住所録の組版の残りや登録外文字作成の業務に従事し、定時の午後五時半になると終業し、帰宅した。

11  同年二月二〇日、被告会社の小林太一社長は、役員ら立会いの下、原告に対し、自己都合退職するよう勧告し、原告がこれを拒否すると、解雇する旨告げた。松田部長は、解雇理由について「君には協調性がない。職場に融和しないので解雇する。」などと告げた。

翌二一日、原告が出社すると、入口に「出原昌志立入り禁止」の張り紙がなされており、原告は、小林総務部長から、解雇理由について、「就業規則四二条三、九、一〇号と九号の関連で四一条三号に該当する。私や長谷川部長がずっと指導してきたが、あなたはいうことをきかない。改善の見込みがない。」などと告げられた。

12  同月二三日以降、本件解雇に関し、原告の所属する全関東単一労働組合と被告会社との団体交渉がなされ、同年三月九日頃、被告会社は本件解雇を撤回する意向を示したこともあったが、原告は、その際被告会社から提示された写真焼の部署への配転を拒否したため、被告会社は、再び本件解雇を維持するとの態度を明らかにするに至った。

なお、原告は、同月三〇日ころ、被告会社に対し、解雇予告手当てとして支払われた賃金の一か月分二一万円を同年三月分の賃金に充当する旨通告した。

二  本件解雇の性質・要件について

被告は、本件解雇事由として(一)ないし(五)を挙げ、これが被告の就業規則四二条三号、九号(四一条三号)、一〇号に該当し、本件解雇は、懲戒解雇事由のある普通解雇であると主張するところ、懲戒解雇事由に当たる事実がある場合、被告会社においてこれを懲戒解雇とすることなく普通解雇とすることは必ずしも許されないわけではなく、この場合、普通解雇として解雇するには、普通解雇の要件を備えていれば足り、懲戒解雇の要件まで要求されるものではないと解すべきである(最二小昭五二・一・三一判、集民一二〇号二三頁参照。)。

三  被告主張の解雇事由(一)(残業の全面的中止の主張、残業の拒否をもって反抗)について

1  前記一に認定したように、原告は、平成三年一〇月初旬頃から、連日、午後七時ないし七時半頃まで残業をしていたが、被告会社は、いわゆるシーズンに入ると、平成三年一一月一二日頃に小林総務部長、同月一九日頃に長谷川営業部長、平成四年一月二〇日頃に小林総務部長、同月二〇日と同月三〇日頃に大森主任が、それぞれ残業時間を延長するよう求め、原告がこれに従わないとみると、同月三一日に至り、長谷川営業部長が本件残業命令を発するに至ったものである。

そこで、まず被告の右残業延長要請及び本件残業命令が適法になされたものであるかどうかについてみると、被告会社においては、友の会の役員である北條厚が「労働者の過半数を代表する者」として署名・捺印した本件三六協定が作成され、労働基準監督署長に届け出られていることは前記のとおりである。しかし、友の会は、役員を含めた被告会社の全従業員によって構成され、「会員相互の親睦と生活の向上、福利の増進を計り、融和団結の実をあげる」(規約二条)ことを目的とする親睦団体であって、労働者の自主的団体とは認めがたく、その役員は会員の選挙によって選出されるが(規約六条)、右選挙をもって、三六協定を締結する労働者代表を選出する手続と認めることもできず、本件三六協定は、親睦団体の代表者が自動的に労働者代表となって締結されたものというほかなく、作成手続において適法・有効なものとはいいがたい。

そうすると、本件三六協定が無効である以上、原告に時間外労働をする義務はなく、原告が残業を拒否し、あるいは残業を中止すべき旨の主張をしたからといって、懲戒解雇事由に当たるとすることはできない。

2  のみならず、出勤簿兼賃金計算簿(乙三の一ないし八)によれば、原告は、平成三年九月二一日から年一〇月二〇日までの間に合計一八・五時間、同月二一日から同年一一月二〇日までの間に同二八時間、同月二一日から同年一二月二〇日までの間に同三〇・二五時間、同月二一日から平成四年一月二〇日までの間に同二六時間、同月二一日から同月三一日までの間に同一四時間と、相当時間の残業をこなしており、平成四年一月三一日頃には、原告の担当である組版の仕事はほぼ完了しかけていたこと、原告は、平成三年一一月一九日以降、被告会社の長谷川営業部長らに眼精疲労を訴えており、平成四年二月四日以降、「眼精疲労・全身倦怠感により、当分の間時間外労働を避けて通院加療が必要である。」との診断書を提出して残業をしなくなったものであり、後記のとおり、右眼精疲労の訴えに正当性がないとは認められないから、原告が被告会社の残業命令に従わなかったことには相当な理由があるというべきである。

3  被告は、「原告の眼精疲労の発症は、時間外労働と関係ないことは明白であり、単なる眼疲労を誤って眼精疲労の病名にしたことも推測できる。」と主張する。

そこで検討するに、昭和六〇年七月一二日発表の「VDT作業に関する検討委員会報告」(甲一八)中の「VDT作業に関する勧告」によれば、「わが国において、VDT労働についての科学的な健康影響評価が、企業や国によって積極的かつ組織的に行われてこなかったこともあって、VDT作業者の健康保護の基準を作成するための資料は十分とはいえなかった。」としながらも、「本委員会は、VDT作業が急速に膨張しつつある状況を考慮して、今日までの知見に基づき、作業者の健康と安全を守るために現時点で必要と考えられる諸条件を総括し、勧告とした。」とし、VDT作業機器の規格や使用方法に関し、詳細な提言をなし、照明・採光等の作業環境についても作業者に不快感、眼の疲労をもたらさないよう配慮を要請する。そして、作業管理に関しては、一般事務的な作業や顧客サービスなどの職務との組合せにより、VDT作業による負担の軽減を図るべきこと、作業時間については、一日のVDT作業時間は、四時間を超えないようにすべきこと、一連続作業時間は、五〇分を超えないようにすべきであり、作業休止時間は、およそ作業時間五〇分毎に少なくとも一〇分間もうけるべきであること等を提言している。そして、衛生教育・健康診断等の健康管理がなされるべきことも要請している。

また、労働省労働基準局がVDT作業を行う事業場を指導する際の指針を定めた通達「VDT作業のための労働衛生上の指針について」(昭和六〇年一二月二〇日基発第七〇五号、甲一五)によれば、「作業管理」の項目において、一日の作業時間について、「連続してCRTディスプレイ画面からデータ等を読み取り又はキーを操作するVDT作業に常時従事する労働者については、視覚負担をはじめとする心身の負担を軽減するため、できるだけCRTディスプレイ画面を注視する時間やキーを操作する時間が短くなるよう配慮することが望ましく、VDT作業以外の作業を組み込むこと又は他の作業とのローテーションを実施することなどにより、一日のVDT作業時間が短くなるように配慮することが望ましい。」とし、一連続作業時間及び作業休止時間について、「連続VDT作業に常時従事する労働者については、一連続作業時間が一時間を超えないようにし、次の連続作業までの間に一〇分ないし一五分の作業休止時間を設け、かつ一連続作業時間内において一回ないし二回程度の小休止を設けること。」を要請している。そして、「健康管理」の項目において、VDT作業に常時従事する労働者に対しては、眼科学検査等をはじめとする配置前健康診断、定期健康診断を行い、健康診断結果に基づき、事後措置として、「業務歴の調査等から愁訴の主因を明らかにし、健康管理を進めるとともに、職場内のみならず職場外に要因が認められる場合についても必要な保健指導を行うこと。視力矯正が不適切な者、特に強度の近視、遠視又は乱視の者には、適正視力でVDT作業ができるように必要な保健指導をおこなうこと、VDT作業を続けることが適当でないと判断される者又はVDT作業に従事する時間の短縮を要すると認められた者等については健康保持のための適切な措置を講じること」としている。さらに、「労働衛生教育」の項目で、「労働衛生管理のための諸対策の目的と方法をVDT作業者に周知することにより、職場における作業環境・作業方法の改善、適正な健康管理を円滑に行うため及びVDT作業による心身への負担の軽減を図ることができるよう、必要な労働衛生教育及びVDT作業の習得訓練を行うこと」を要請している。

本件において、原告は、平成三年八月下旬頃以降、電算写植のオペレーターとしてVDT作業に従事し、所定の休憩時間(午前一〇時から一〇分間、午後〇時から四〇分間、午後三時から一〇分間)以外に休憩をとった形跡もなく右作業を行い、同年一〇月初旬頃以降は、前記のとおり連日の残業をし、被告会社により、右提言のような作業環境・作業管理・健康管理に関する配慮がなされたこともなかったのであるから、原告が症状のすすんだ眼精疲労を訴えたことをもって、時間外労働と関係なく、単なる眼疲労であるとみることはできない。

四  被告主張の解雇事由(二)(誹謗・中傷をもって業務妨害、職場環境の悪化)について

1  前記認定事実と証拠(甲九)によれば、原告は、平成四年一二月二〇日頃、松本と連名で、本件手紙を被告会社の従業員らに送付したが、その末尾に「この手紙は、会社に通ずる人には見せないで下さい。」などと付記していること、また争いのない事実と証拠(甲三〇、乙三四)によれば、原告は、平成三年一二月末頃、被告会社の従業員である訴外関真理に対し、午後八時半頃から同一〇時頃にかけ、三回にわたって架電したが、通話を断られたことが認められる。

2  しかし、本件手紙の内容は、被告会社における労働基準法違反の労働の実態について、原告の意見を表明し、従業員らの意識を喚起する目的に出たものであり、その内容は誇張に過ぎる部分もあるが、全く事実に基づかない誹謗・中傷であるということはできない。また右手紙は、社員らが一丸となって、残業をもいとわず、納期までに卒業アルバムを制作することを誇りとする被告会社の社風に一石を投じるものではあるが、原告の目的は、被告会社に労基法を遵守させ、職場の労働環境を改善しようとするところにあったとと認められ、良好な職場環境を破壊しようとしたというのは、被告会社の一面的見方というほかない。

そして、本件手紙を受け取ったことや原告が関に架電したことにより、従業員らが恐怖心を生じたなどという事実も認められない。

3  したがって、本件手紙の送付や女子従業員に対する架電の事実をもって、「職場の秩序を乱した」ということはできない。

五  被告主張の解雇事由(三)(人事考課の拒否)について

1  前記のとおり、原告は、平成三年一一月末頃、人事考課表の自己評価欄に記入せず、欄外に「労基法違反を前提の下に人事考課の評価基準がもうけられるならば、『工夫・改善』の項目などで労働者の権利を主張したり、有休をとることが労働者の不利益につながる。」などとし、労基法順守を求める旨の記載をしてこれを提出したことが認められる。

2  被告会社においては、従業員らの作業能率向上の意欲を高めるとともに、賞与査定の参考とするため、自らに自己評価をさせる人事考課制度をとっていると認められるところ、原告が右のとおり自己評価することを拒否したのは、被告会社の「指示命令に違反し」た(就業規則四一条三号)ものというべきである。

しかしながら、原告が指摘する人事考課表中の「工夫・改善」の項目をみると、考課基準として、「不足(設備、人手共)状態の中で、どのようにしたらより良い状態にもっていけるか、常に作業効率を考え、他部所の事も考え、最善の方法をとっている(評価点一〇点)。不足状態を認識し、その中でより良い方法をとるよう心がけている(同七点)。自分自身の与えられた仕事の範囲内では、工夫、改善を心がけている(同五点)。従来通りの方法以外やろうとしない(同三点)。不足の事で不平ばかりいって、まわりにも悪影響を与えている(同一点)。」と記載され、あたかも現状の設備、人手は所与のものであって、その改善を求めることは良くないことであるかのような基準の設定の仕方がされており、人員増を図ることにより、残業時間を減らすべきであるとの意見の持ち主である原告にとって、承服しがたい内容のものであったと考えられること、原告は、人事考課の自己評価を拒否することにより、平成三年の年末賞与においてマイナス三万円の査定をされており、これが正規の懲戒処分には当たらないとしても、既に相応の不利益処分を受けていると考えられることからすれば、右事実をもって、懲戒解雇事由とすることは解雇権の濫用に当たるというべきである。

六  被告主張の解雇事由(四)(協調性の欠如)について

1  前記のとおり、原告は、制作課写植・写真焼きに配属されていたが、その担当業務は、組版(住所録作成)であり、その中でも、C文字流し、組版、ゲラ前校正出力、Eゲラ前校正直し、ゲラ出し、Fゲラ戻り直し、最終校正出力、H最終校正直し、版下出力、Mワーク・ステーションデータ整理と指定されていた。

原告は、平成四年一月三一日、本件残業命令が発せられた頃、長谷川営業部長や大森主任は、組版業務の最繁忙時期は過ぎかかっており、制作課・写真焼きグループの一担当業務である校正業務にノルマの遅れが生じていたことから、原告を同業務に従事させようとして、同年二月三日以降一週間、午後九時までの残業を命じたものと認められる。

そして、原告は、同年一月一一日や同月二〇日の職場集会において、「自分の仕事が終わってしまえば他の従業員らが残業していても、残業してまで手伝いたくない。」などと発言しており、互いに協力し合って繁忙時期を乗り切るべきであると考えている他の従業員らからは、必ずしも好感情を抱かれてはいなかった。

2  しかるところ、本件残業命令については、前記認定のとおり残業を命ずること自体適法になしえないものであるうえ、原告が従事すべき業務の内容が特定されておらず、長谷川営業部長や大森主任の意図が、的確に原告に対して伝えられたかどうか疑問があり、所定就業時間内においても、大森主任らは、平成四年二月四日以降、原告に対し、校正等の業務に就くことを指示した事実も認めるに足りない。なお、被告会社は、アルバイトを二名雇用し、原告以外の従業員らが協力する等して、前記ノルマの遅れを取り戻したことが認められる。

そうすると、原告の本来の業務以外の業務に対する非協力的態度をもって、「就業状況が著しく不良で就業に適しない」とまで認めることはできない。

七  被告主張の解雇事由(五)(職務能力の不足)について

1  被告は、原告の組版専任としての能力は、半人前である旨主張し、証人大森順一は、「原告と、平成四年に入社した訴外高際とのC作業組版の処理ページ数を比較すると、九月については、原告(一二日勤務)が合計二五〇ページ(一日当り二〇・八ページ)であるのに対し、高際(一三日勤務)は合計九六八ページ(一日当り七四・五ページ)、一〇月については、原告(一九日勤務)が合計六五一ページ(一日当り三四・三ページ)であるのに対し、高際(一六日勤務)は合計一〇六八ページ(一日当り六六・八ページ)、一一月については、原告(二一日勤務)が合計三七九ページ(一日当り一八・〇ページ)であるのに対し、高際(一七日勤務)は合計五五六ページ(一日当り三二・七ページ)であった。」旨、また大森が「原告の帰った後に、組版のうちで面倒なものを自分でやって、ページ数を約一〇〇〇ページ稼いでいた。」旨証言する。

2  しかし、原告と、作業年度・作業環境や個人的資質・適性の異なる高際のC作業組版の処理ページ数のみを単純に比較して、原告の職務能力が劣っていたと断定することはできないし、証拠(乙一五、証人大森順一、原告本人)によれば、原告の平成三年九月ないし一一月にかけてのC作業組版の処理ページ数は、右大森証言どおりであったと認められるが、同年度の組版のノルマに遅れは生じておらず、むしろ平成三年一〇月半ば頃行われた組版部署の会議では、組版の作業のノルマが一四〇パーセント達成されており、逆に問題となるような状況である旨報告されたこと、原告本人尋問の結果に照らし、大森主任が原告担当の仕事を代わって行った事実を認めるに足りないこと、平成三年末の人事考課において、大森主任は、「納期」の項目に関し、「いわれた時期までには、いつも仕上げている(七点)」(但し、長谷川営業部長は、「まあ何とか、納期には間に合わしている(五点)」、「利潤・もうけ」の項目に関し、「仕事量、稼ぎは良いが、質という点が欠けている(七点)」(但し、長谷川営業部長は、「仕事量、質、稼ぎ共今一歩の努力が必要である(五点)」との評価をしており、直属の上司である大森主任の評価の方が客観性が高いと見るべきであるところ、同人は、原告の職務能力について決して悪い評価をしていなかったことが認められる。

そうすると、原告について、「就業状況が著しく不良で就業に適しない」と認めることはできない。

八  慰謝料請求について

以上認定・判断したところによれば、被告会社の原告に対する本件解雇は、普通解雇であるとしても、解雇事由が存しないか、あるいは解雇権の濫用に当たるものとして無効というべきである。

しかし、本件解雇に至った経過をみると、原告は、平成三年一一月八日頃の中途採用者研修や同月九日の激励会において、繁忙期間中の有給休暇取得問題に関し、小林総務部長を公然と非難し、その後、人事考課の自己評価を拒否し、被告会社の上層部に秘密で本件手紙を配付し、本件手紙の配付問題について小林総務部長に謝罪を申し入れる文書を交付し、なおこの間、友の会を通じた話合いも拒否するなど、その残業中止等の労働条件改善要求は余りに性急であり、必ずしも職場の同僚や上司の理解・共感を得られたとはいえないこと、被告会社は、本件解雇後、仮処分命令に従って賃金仮払いに応じてきていること、原告が被告会社に勤務し始めてから本件解雇に至るまでの期間は八か月に満たないこと、原告は独身であること等諸般の事情からすると、原告の受けた精神的苦痛は、原告について雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認し、かつ被告会社に対して賃金の支払を命ずることによって慰謝されるべき性質のものであると認められるから、本件解雇を不法行為あるいは債務不履行に当たるとして慰謝料の支払を求める原告の請求は、理由がないというべきである。

第四結論

そうすると、原告の請求中、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と、解雇後である平成四年四月分から本訴提起の前月である同年一一月分まで八か月分の賃金合計一六八万円と本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成四年一二月二七日から毎月二八日限り賃金各二一万円の支払を求める請求は理由があるが、その余は失当として棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田肇)

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